遥かなる君の声
V A

     〜なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 



          



 泥門を後にしたのは、結局のところ、そこで一晩過ごしてからとなった翌朝のこと。久し振りの外地からのお客様、しかも自分たちの見知っているお兄さんたちの帰還でもあったのでと、夕餉の場なぞは庵房で修行中の子供たちも懐いて来ての結構な賑わいになったものの、
『子供らの数もずんと減ったな。』
 感知出来る身になって気がついたが、此処もまた、アケメネイに負けないほど大地の気脈の強くほとばしる場所だ。人が満ちるほどに大地からの気なんて微かなものは感じ取りにくくもなろうから、尚のこと導師への習練には打ってつけな庵房には違いないのにと思ってのことだろう。
『今時の子供は、此処での習練には耐えられねぇのか?』
 宵も深まったのでと子供たちを寝かしつけ、大人だけの歓談の場にて、そうと蛭魔が訊くと。クリタさんもムサシさんも“いや、そうじゃあなく”とかぶりを振って見せ、
『最近は子供に導師の道を選ばせる親が減ったんだよ。』
 だから、昔のように小さい子を預かってのカリキュラムってのは手掛けてはいない。原則としてこの数年ほど、候補生の募集もしてはいないのだと。ムサシさんが苦笑混じりにそう言っていた。
『名のある導師の家系の子は、実家で学ぶので十分だしな。』
 それでなくとも今時は、この聖なる大陸でさえ色々な方面で様々に近代化も進んでおり、専門特別な修行の要らない、便利な機巧(からくり)や動力機関も発明されている。
『信心深さが消えた訳じゃあなかろうが、闇を恐れぬ立場になれば、そこに潜みし者への畏怖だって薄まろうからな。』
 時代は変わると此処でも言ってらしたのが、何とも感慨深くって。

  「だってのに、
   遠すぎる過去にがんじがらめに縛られてる連中もいやがんだから、
   まったくもって始末に負えねぇ。」

 ふんっと鼻息も荒く、腹立たしげに口にした蛭魔だったのは、目下の敵“炎獄の民”を指してのことだったのだろうけれど。すぐ傍らで、反射的に“ごめんなさ〜い”と首を竦めたセナ王子だったのへ気づいて、
「…ま、それを言うなら、俺らも同じか。」
 こっちなんて血の繋がりとか全くないとっからの因縁なんだしよと、わざとらしい溜息を“はぁあ”とついて、さて。旅の扉を乗り継いでの王城城下への帰還を辿っていた彼ら。最後の扉から出て来ると、しばらくほど道の傍にて何かを待った。
「ベタな変装なんぞしたところで、城塞の出入りをチェックしている検問所で騒ぎを起こす結果になるだけだしな。」
 とはいえ、自分たちが戻って来ましたと敵に早々に気づかれるのも何だしで。ここから出掛けた時と同様に、葉柱がセナへと気配を薄める封印の咒を掛けたところで、
「出来るだけ多くの気配と一緒くたに紛れ込むのが一番だ。」
 朝市にと荷を運び入れていた顔触れが出て来る頃合いを見計らい、それと入れ替わるようにやって来るのが、総菜やら立ち食いの出店を辻々に出してる顔触れで。そろそろ冬も明け、凍りついてた港も開かれるとあって、王城の街にも活気が戻る。春の準備に働く人々のためのそういった出店が増えつつある時節だというのを、しっかり見越していた蛭魔だったのが相変わらずにお見事で。屋台まで持参ではないながら、大きな荷を負い、手押し車を引いてる一団を見つけた一行は、すかさずそれへと歩調を合わせして、城下への最後の道程を詰めることにした。
「…そっか。もう港も開かれるんだ。」
 冬場は雪と氷に閉ざされる、極寒の王城。他の大陸との唯一の渡航手段である貨客船の集積地も、冬場は王家の名をもって閉ざされているのだが、そんな港の開放はやっとの春が来る証しのようなものであり、
「外地といやあ、城にも居たな。」
 何と言っても大きな大陸だから、他所の大陸から流れ来た者も少なくはないけれど。他はともかくそこだけは、身元がはっきりしていなければ到底仕えるなんて不可能なはずの王宮に。この大陸が出身でない者が…彼らの知る限りであと一人居る。
「高見さんですね。」
 今は亡きセナの生母、アンジェリーク妃の出身である“陽雨国”からの留学生として渡航し、恐らくはそちらからの口利きあっての仕官をして。その後は実力をもってして今の近衛隊長の地位まで上り詰めたのだろう凄腕の剣士様であり、
「そういや、先の騒乱の時、アンジェリーク妃の国の人間だってのにどうしてまた、進の後任にって奴が選ばれたんだろう。」
 今でこそ出身地がどうのこうのという差別区別なんてしない、公正な治政をする国ではあるけれど、当時はそれこそ、彼女と現皇太后の一族同士が諍いの中心になって険突き合っていた状況だったのに。
「進が追放されたのは、内乱が収拾した途端っていう微妙な時期だったらしいが、依然として見つからない本物のアンジェリーク妃や、もっと肝心な“月の子供”への探査の手は緩めてなかったろうによ。」
 追放されもせず、近衛隊に居続けることが出来たということからして不思議だよなと、今更ながら小首を傾げたお兄さんたちへは、
「それでしたら、ボク、聞いたことがありますよ?」
 セナが遠慮がちな声を出した。
「進さんが当時の王妃様に取り憑いた何物かに気づいて放逐されたのは、表向きの内乱収拾が宣言されてからのことだったそうですが、実際は蛭魔さんの仰有るようにまだ僕らの居場所は判らずな時期のこと。そこで…これも表向きの話としては、もう遺恨なんて水に流しましょうぞと、追ってなんかいませんからとする証しに、陽雨国出身の高見さんをわざわざ重用したんだそうです。」
 成程、それはあり得るかもなと妥当な策に頷いた彼らへ付け足されたのが、
「その直前、内乱中の何年かは“人質”扱いだったんだそうです。」
 とんでもない一言で。本物の側室様が城から出奔なされての少し後、身代わりだった偽妃が正体を現され、そして…二派による、表向き“後継者争い”の内乱が鮮明になったその当時。身内の間諜を残して去るとは何と抜けた奴らであることかと、王妃についていた貴族の方々から言い掛かりをつけられて、まずはその御身を拘束された高見さんだったそうで、
『確かに、アンジェリーク様を陰ながら見守りお助けする使命を受けて来た身ではありましたから、そういう扱いをされても仕方がなかったのではありますが。』
 そんな身だったところを、内乱終結と共に王妃様が直々に解放なさり、辛い想いをさせましたねと詫びるように厚遇して下さったものの、
「表立っての挙兵は収まったとしながらも、探査のためにという名目での派兵は止むこともなく。しかも、軍兵のみならず近衛の兵まで、王妃様が直々に動かしておいでだったそうです。」
 微妙な時期の階級特進の実態、それは即ち、
「肩書だけの近衛隊長、だった訳か。」
「それだけじゃない。アンジェリーク妃への手助けに向かえぬよう、城に封じ込めておくための格好の理由にもなったろうしね。」
 感受性の豊かであったろう十代後半からの頃合いに、しかも生国を離れた土地でそんな目に遭っただなんて、さぞや辛かったことでしょうにとセナが言葉を湿らせたのへ、
「まあ、穿った言いようをするなら、他所の土地の人間には咒への知識も感応力もなかろうからと、妖魔としての自分らの気配なぞ読み取れまいっていう驕りもあったのかもだしな。」
 蛭魔が少々投げ出すような言いようをする。どっちにしたって、そこまでの内幕は今になって判ったもの。あの、ちょっぴり取り澄ましたところもある隊長様もまた、抗えぬ運命に翻弄されての艱難辛苦を、持ち前の辛抱強さで乗り越えた人だったということか。
「頼もしいことだの、ちびさん。」
 にんまりと笑って下さった葉柱さんに、セナもまた、頷きながらの笑みを返す。そうこうする内にも、王国の威容をそのままに示すような、荘厳なまでの城塞が視野に入って来ており。そうなると、
「結構な人の流れだの。」
「まあな。開港の準備だけじゃあない、商いの下準備ってのへも人手が割かれる頃合いだろうしな。」
 一行は周囲を同じ方向へと進む者たちが弾む声を交わし合う、そりゃあ賑やかな喧噪の中へあっさりと紛れ込めていた。
「鉱石への加工技術は今のところ陽雨国がダントツだ。この国で採石される質のいい鉱石を買い取って、それで作った製品を売りに来るってのが近年の付き合いの中核になってるらしいしな。」
 付き合いってのは“貿易”のことなんでしょうね。そんなことにまで通じている黒魔導師さんだというのへと、セナが素直に感嘆の声を漏らしたところで、内陸から来る者たちが城塞を通過するための検問所が見えて来て。
「国王直筆の通行証があるんだ、すんなり通れるとは思うのだが。」
 逆にやたら恐縮されぬよう、あしらいに気をつけてなと念を押しつつ。今のところのマイホーム、彼らの活動の拠点であり、同時に敵が虎視眈々と狙ってもいようランドマークでもあるところ。王城キングダムの主城城郭、荘厳で麗しきその姿、ほのかに懐かしそうな面持ちになって眺めやったる一行だったのでございます。





            ◇



 検問所には顔見知りの係官はおらず、大方、遠方の地方領に配されていた役人辺りだろうと踏まれたか。セナを見てさえ適当なあしらいにて通されたのを幸いに、そそくさと城下に入るとさくさくと城までを運び、出た時と同様、御用門から入っての帰還となった一行だったのだが。
「国王陛下、皇太后陛下に、まずは帰還のご挨拶を申し述べ奉ります。」
 春も間近で、そちら様もお忙しいはずの政務の間だというのに、わざわざ運んで下さりし“謁見の間”にて。畏
かしこくも頭を垂れて控えていたのは…黒髪の導師様が一人だけ。
「葉柱殿だけですか?」
「は。」
 拝謁の作法にもしっかと適った、優美な礼の姿勢であった彼へ、皇太后様はやわらかに会釈をお向けになられ。それから、ここに他の導師たちもセナさえもおらず、彼しか来なかったところも心得ておられるということか。それへは触れず、咎め立てもせず。それどころか、
「あなた様が一緒に戻って来られたということは、聖地アケメネイで得るものが多かったゆえと見てよろしいのでしょう?」
 一足飛びにそうと仰せになられた皇太后様のお言葉へ、葉柱も…その長身によるお辞儀から身を起こすと、こっくりと判りやすくも頷いて見せた。
「何からお話しすればよろしいものか。まずは、あの襲撃者たちの身元ですが。」
 自分たちが不在だったのは、アケメネイに辿り着いた当日と、水晶の谷へ向かった翌日、それから泥門で過ごした昨日の3日だけだが、その間、城は一応平穏であったらしく、
「あれらは陽白の眷属に因縁のあった者共であることが判明致しました。」
 普通一般の歴史の中には名前さえない筈の存在なれど、この大陸にのみいまだに信奉されている不思議な力の大元にして、世界を混沌から分かつ聖なる光を守った存在の末裔として、導師や巫女といった神職・聖職には伝えられしことだからか、
「…そうでしたか。」
 皇太后様も感慨深げに応じて下さり、
「よって、我らと有るというだけで、皆様をも危険な事態へ巻き込むこととなるやもしれず。それを思えば…光の公主ともども、我らもこちらへ戻って来るべきではなかったのかも知れませぬが。」
 そうと続けた葉柱へ、ゆっくりとかぶりを振って見せ、
「何を仰せか。セナ様はこの王家の一員。導師の皆様方にしても、我らの家族のようなものではございませぬか。」
 先の騒乱の時もそう。先日の騒動の折も、どれほどのご尽力をいただいたことかを思えば、
「こちらからこそ、此処におわしていただきたいとお願いして当然の、道理の順番でございましょう。」
 国を守り国政の舵取りをする身には、家族だのという一般の民の持つような概念なぞ後回しにされるべきもの。時によっては、そういった“血縁”という人としての始まりの絆さえ、非情さで断ち切ることを構えて当然のお立場でもあるけれど。そんなものに安易にも杓子定規に従うほどの、尻腰のない御方でなんかないってことは、先の騒乱の終焉の修羅場にて実証済みの皇太后様。きっぱりと言い切ってから、さてと身を乗り出して、
「それで。どのような因縁がおありの輩でございましたか?」
 そのようにお尋ねになられたので、
「順を追って申さば、まずは…アケメネイが奴らに襲撃され、焼き打ちを受けておりました。」
 大事なかったと分かっているからこそあっさり口に出来たこと。だが、相手にはそうはいかなかったか、
「や、焼き打ちっ?!」
 しかも、聖なるアケメネイへのそれとなると、この城への襲撃どころではない仕儀ではないのかと、玉座から立ち上がってしまわれた皇太后様へ、
“だよな〜。やっぱ、驚くよな〜。”
 此処だって逆上ることほんの数年ほど前までは、そういう内乱の渦中にあった…とは言っえ、そこまでの暴れ者が出たのは辺境の地に限った話だそうだし。一応の法治国家において、モラルの標準値が高ければ高いほど、そうまでの蛮行がやたらに行われるなんてことはまず有り得ない。ましてや“聖地を守りし隠れ里”な筈のアケメネイ。そこから来た葉柱でさえ、聖鳥を用いねば戻れないと言っていた特殊な土地へ、そんな無体を働ける者共だったと聞かされては、
“どれほど只者ではなかったか、あらためて思い知らされてるようなもんだものな。”
 ぎょっとはしたが、人死には出ていないという実情を聞き、そんなもんで収めたとは意外だと思うことであっさり驚きが収まった自分たちの方が異常なんだ、うんうんと。今頃になってしみじみ感じ入っている葉柱であったりし。それほどまでに多々あったこの数日は、だが、まだまだ導入部に過ぎない。これから起きることこそが相手陣営の主眼目であるらしいと睨んでいた、金髪痩躯の魔導師さんの言いようをついつい思い出していた。何せ、
「彼らの狙いは、あの里へシェイド卿が預けし とあるアイテムだったらしく。それを手に入れてからこちらを襲撃したという運びであったらしいのです。」
 そして、そのグロックスはこちらの手にまだある。彼らが闇の咒に馴染んでいるなら、存在自体が天敵な筈の、光の公主ともろともに…。








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  *いよいよの決戦を意識して、戻ってまいりました皆様ですが。
   こっからどうもって行こうかと、
   実はまだちょっと組み立てに不安のある筆者だったりして…。